開発した水田ファーティゲーション装置について

8 November 2018
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開発した水田ファーティゲーション装置について

 
ICLスペシャルティ・ファーティライザーズは、水溶性肥料などのスペシャルティ肥料を提供している。水田における施肥技術を研究する中、ファーティゲーションの技術を水田の施肥技術に援用し、水田ファーティゲーション(流し込み施肥)装置を開発したので、ここに紹介する。
 

開発の背景

今日、日本の水稲の施肥技術は肥効調節型肥料(被覆尿素)とその利用技術の開発が進み、追肥を省力した全量基肥が広く普及している。全量基肥では高温年における葉色の低下、米の品質低下との関わりが知られるようになり、肥効調節型肥料の見直しも指摘されている。尿素を被覆する分だけ割高であるが、肥効調節型肥料を使わないとなると、必要な時期に追肥する手法、労働力が得られないなどの栽培管理面での課題が生じる。追肥は収量・品質の安定化において重要な栽培管理技術であるが、水稲の追肥技術・施用法の進歩は停滞している。
一方で、水口流入施肥器を利用した液肥の追肥法(久保田 1998)も一部に実践されてきた。これは、大区画水田に対応する省力追肥技術として開発され、尿素液または窒素・リン酸・加里を含む液状肥料の入った容器を水口に固定し、吐出口から液肥を滴下させ、水田への流入水とともに拡散させるものである。一般的に、流し込み施肥と呼ばれている。この流し込み施肥は、広義にはファーティゲーションと分類される施肥方法と考えられる。
ファーティゲーションは、灌漑によって水と肥料を同時に与える農業技術であり、肥料成分の環境への排出を抑えながら収穫量を増加させる優れた方法 (Hagin 2003)として知られている。ファーティゲーションにより、施肥の時期・量・濃度・配合割合などが簡単にコントロールできるため、基肥・追肥だけの慣行の施肥体系よりも、生育・栄養診断に応じた適正な施肥が可能であることから収穫量が増加する。より均一な水分制御が可能な灌漑システムにおいて、養分の流亡低下、施肥量と吸収量の合致によりファーティゲーションの効率が高まる。精密な水分供給を可能にする点滴灌水に代表されるマイクロ灌漑技術の世界的な普及に伴い、このファーティゲーションも広く実践されるようになった。
ファーティゲーションに使用される完全水溶性肥料の需要拡大に応じ供給が増え、比較的安価に入手することができるようになった。液状肥料と異なり、粉状または結晶状で水分を含まないため、重量あたりの成分が高く、海上及び陸上輸送の費用を圧縮できる。世界的に、露地ファーティゲーションは、灌漑の必要性からイスラエルをはじめとする半乾燥地帯での利用が盛んである。国内におけるファーティゲーションは、主に施設園芸での利用であり、露地では稀にしか利用されていない。降雨量の比較的多い日本で、露地畑作の灌漑の必要性は比較的低い。他方、国内耕地面積の半分以上を占める水田はその作物の特性から灌漑(湛水)を必要としており、ファーティゲーションの技術を水田の施肥技術に援用した。

 

開発した装置の作動原理

点滴灌漑システムにおいて主たる目的は灌漑であるが、開発した水田向け装置は、既存の水田灌漑を利用し、精密施肥に特化している。また、精密性を確保しながらも、既成部品を用い安価になるよう設計した。以下、どのように装置が作動するか詳述する。
ボタン・ドリッパー(9)と呼ばれるマイクロ灌漑に用いる吐出口から、肥料原液が水田の水口(13)にポタポタと滴り落ちる。肥料原液は水口で即座に希釈され水流とともに水田中(14)に拡がる。点滴灌水チューブも利用できるが、ボタン・ドリッパーより流路が狭いことと肥料原液の粘性が組み合わさり、流量が予測しにくい。また、低水圧で使用するため圧力補正機能のないものが適している。ボタン・ドリッパーは水圧に応じ一定の流量で肥料原液を分注できるため、用いるボタン・ドリッパーの個数により肥料原液の吐出流量を正確にコントロールできる。
水田では外部電力が得られにくいため、自重によるエネルギーを利用する。上述の水溶性肥料を溶解した肥料原液を充填するためのタンク(1)を、肥料原液吐出地点より60-75cm持ち上げることで、ボタン・ドリッパーが肥料原液を吐出するのに必要な圧力を得る。平地であれば、架台(2)を利用して落差をつくる。架台を高くすればするほど、少ないボタン・ドリッパーで必要な流量を得ることもできるが、100cmを越えると肥料原液を充填する作業性が損なわれる上、強風により架台が倒壊する危険性が高まる。ボタン・ドリッパーは安価であるため、ドリッパーの個数を増やしても、架台は低いほうが合理的である。
タンクの出口には、水溶性肥料の溶け残り、藻や砂などの夾雑物が、ボタン・ドリッパーに詰まらないようフィルター(4)を装着する。フィルターは、開閉するボールバルブ(5)とエア噛みを防止するエア抜き口(7)に接続する。エアを噛むと圧力がボタン・ドリッパーにかからず、途中で作動が中断したり、極端に流量が低下したりしてしまうおそれがある。装置は水口に対し1台必要であり、1枚の水田に2つ水口があれば2台の装置が必要である。
ボタン・ドリッパーの先にマイクロチューブ(10)とペグ(11)を装着することで、水口に装置の吐出部を固定でき、安定する。目標水位まで湛水するのに5時間必要であるとすれば、5時間肥料原液を分注するようボタン・ドリッパーの個数を調整する。例えば、50Lタンクに入れた40Lの肥料原液(4-5倍希釈)を5時間分注する場合、毎時1Lの流量のボタン・ドリッパーであれば8個必要となる。このようにして、灌漑と施肥を同期させることで、水田に均等に養分を行き渡らせることができる。落水させ飽和状態の水田で、水尻を閉めた上、肥料原液の分注を開始することで、均等に養分を行き渡らせることができる。肥料原液の分注完了後は、すぐに水を止めずに、2-3分以上流しておくことで水口周辺に肥料原液が滞留するのを防ぐ。パイプラインが敷設された水田でも、開放用水路から水を引く水田でも装置は利用できるが、水量が豊富で流量が安定しているということを前提とする。

 

期待される効果

水田ファーティゲーション装置を利用することで、水田に入らずに施肥できる。特に炎天下の水田で動力散布機を背負い、追肥するのは重労働であり、その作業を軽労化できるのは意義がある。これは、従来の流し込み施肥でも同じ効果が得られる。従来の流し込み施肥と異なるのは、下記の点である。
 
  1. 窒素・リン酸・加里を含む既成の液状肥料を使うより、水溶性肥料を使うほうが安価である。尿素または硫安の窒素肥料は、元来完全水溶性のため流通している一般的なグレードを利用できる。リン安・塩化加里は、一般的な粒状品が完全水溶性でないため、少し高価な水溶性グレードを利用する。既成の液状肥料と比すれば安価である。水溶性配合NPK肥料でも既成の液状肥料より安価であろう。一方で溶解する手間を要する。
 
  1. NPKを4回分施することで、基肥の必要がない。一度も水田に入らずに、作物が養分を必要とするタイミングで必要な量を施肥でき、水田内の養分の偏りが少ないため、結果として、より少ない施肥量で済む。従来の施肥を100とすると70-75の施肥量で済むであろうことが過去2年の試験で明らかになった。正確に言えば、装置を利用してNPKを4回分施する(等分)と、100では過剰となり50では過少となる。その間に適正解があると考えられる。NPKの同時施用により窒素の利用効率が高まる可能性がある。
 
  1. キュービテナーと異なり、装置を購入する必要がある一方、装置は長期にわたり反復使用に耐える。架台は据え置きのほうが実用的と思われるが、タンクと吐出装置は移動可能である。灌水と液肥の分注を同期させるために稼働時間が比較的長く、同時並行作業または大規模に数十台の同時稼働が可能である。タンク内の液面の高さに流量が影響されにくいため、分注時間の最初から最後まで流量があまり変わらない。肥料原液吐出流量がコントロールできるため、分注終了時間を比較的正確に予測できる。また、理論上、除草剤の混用も可能と考えられる。
 
  1. 溶解の手間は上述の通りだが、複数台同時稼働の場合、大量に水溶性肥料を集中的に溶解することで、1台毎に溶解するよりも効率良く肥料原液を作成し、分配することもできる。また、必要に応じて苦土やホウ素を加えることもできる。ランニングコストは低下する。
 
水田ファーティゲーション装置を利用することで、肥料コストを抑制しながら、施肥のため水田に入らずに精密な養分管理が可能となる。作業の集中する春先と収穫期の間に、施肥作業を分散できる。

 

課題

2017年と2018年の圃場試験の経験から、水田ファーティゲーションの課題と考えられる点を下記に列挙する。
  • NPKを4回分施する際、間隔は3週間とし、施肥量は等分としたが、果たして水稲の養分需要に完全に合致しているかどうかは、さらなる研究が必要であろう。
  • 窒素利用効率がNPKの同時施用により高まると理論上考えられる上、そのように見えたが、伝統的にリン酸肥料は水田において基肥としてのみ施用されてきた。リン酸肥料の追肥効果が小さいからであろうが、この点もさらなる研究が必要であろう。
  • 4回分施する事自体が大変であるという意見である。地域によっては、揚水場が毎日稼動していない等の理由で、水田ファーティゲーションのスケジュールを組むのが難しい場合もあり得る。また、水田ファーティゲーションの前日に落水し、開始前に水尻を閉めるという作業が発生する。水管理と調和する水田ファーティゲーションのスケジュールを考慮する必要があるだろう。
  • 装置に充填するために、肥料を溶解するという新たな手間が発生する。特に、尿素と塩化加里は、水に溶ける際、吸熱反応を引き起こすため、水温が下がり、溶かすのに時間がかかる。また、水田ファーティゲーション装置1台毎に肥料を溶かして充填する場合、それぞれ肥料を計量する必要があり、これも、また手間である。複数台同時運用する場合には、前日に肥料をまとめて溶かして、大きいタンクで圃場に運び、それぞれの装置に分配するほうが効率的であろう。
  • 4回分施する事自体が大変であるという意見に関連し、さらなる用途の開発が望まれる。例えば、装置を用い除草剤を水口施用することで、装置の利用機会が増える。また、施肥と組み合わせることも考えられる。施肥以外の用途が広がれば、4回分施する事自体も負担になりにくいだろう。
 
<2018年11月6日 田畑正秀 執筆>

 

引用・参照文献
 
1)            久保田勝 1998. 水稲の流入施肥の現状と新しい流入施肥法
2)               J. Hagin, M. Sneh and A. Lowengart-Aycicegi. 2003 Fertigation –Fertilization through Irrigation
3)             田畑正秀 2016. 液体混入システム. 特願 2016-209915. 2017-11-24
4)             横田修一、森拓也 2016. 流し込みによる水稲省力的施肥技術
5)               横田修一、南石晃明 2017. 大規模稲作経営における直播栽培と流し込み施肥によるコスト低減の可能性と課題
6)               小野寺恒雄、小林新 2017. 液体肥料供給装置. 特願 2015-206931. 2017-04-27
7)               Soman, P. 2012. Drip irrigation and fertigation technology for Rice cultivation            
8)               Soman, P., Sarvan Singh, A.K. Bhardwaj, T. Pandiaraj and Bhardwaj, R.K. 2018. On-Farm Drip Irrigation in Rice for Higher Productivity and Profitability in Haryana, India
 
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